Napoli(ナポリ)
ナポリへは、バーリからレッジョナーレ(各駅停車)でターラントを経由して行きました。ターラントの手前では、マテ―ラで見られるような深い谷があり、その斜面の一部には少しですが洞窟住居の跡のようなものが見られました。ターラントからMetapontoまでは海岸線を行きますが、Metapontoからはティレニア海を目指して内陸部を走ります。Potenzaに向うあたりでは、崖のような渓谷とトンネルが連続する区間があり、目を離すことができません。
この日の移動に限らないのですが、こうして車窓からの風景を眺めていて気が付くことの一つに、大きな木がないということが挙げられます。太さで言ったら、人間の太もも程度のものがせいぜいです。農地でも、バーリ周辺は特にそうであるように見えますが、石が優勢で土に力が感じられません。実際そのあたりでは、土といったら石灰岩の大地の上に被さった薄い皮膚のような表土しかないようです。切り通しなどで地層がむき出しになっているところでは、その様子が良く分かります。気の毒な大地。オリーブやトマトといったこの地方の特産物は、共に痩せた土地で育つ植物です。バーリを離れても、車窓から見える山という山は岩山で、寒々しいハゲ山が続きます。そんな様子を見ていて感じるのは、日本の土壌への感謝、そして建築というものはやはり大地から立上がってくるものなのだという実感です。日本では木で建物が造られ、イタリアでは石で建物が造られる。これはもう理屈ではありません。大地が決めたことなのです。そう言えば、ローマにしろナポリにしろ、いま生活をしている足下には、古い都市が眠っています。なぜそのような状況が生じ得るのか、日本人には実感しにくいことですが、実感として、石やレンガで造られた建物は、大地とそうかわるものではないのです。
さて、土の話にもどりたいと思います。というのは、ナポリに近づくにつれて(印象としてはポンペイあたりから)、少し様子が変ってくるのです。畑の作物に変化が見られ、土も黒土になってきます。石もごろごろしていません。そしてこの変化と呼応するように、ポンペイ駅の周りでは、5階建てほどの高さのある巨木が見られます。線路脇に生える雑草も瑞々しく繁茂しています。その様子は、日本では見慣れたものですが、イタリアでは久しく見ていなかった光景です。線路脇のちょっとした土地が耕作されていて、作物が実っていたりします。日本がそうであるように、ちょっと耕して種を蒔けば、容易に収穫が期待できるのです。この大地は、バーリやアルベロベッロのように多大な労力を投入しなければ耕作に適さない土地ではありません。
これは客観的な裏付けに乏しい感覚的な印象ですが、私は常々、日本という小さな島国がこれほどまでに発展して来れた原因は、その気候風土(土はその基本です)にあるのではないかと思っていました。民族性や地理的な要因等ももちろん大きいことでしょうが、水と土がこれほどに豊かであったということが、どれほどのアドバンテージであったことかと思うのです。ナポリに近づく車窓から見える風景は、そんなことを思い出させます。そして、あと数分で到着というところまでナポリ駅が近づくと、こう言っては失礼なのですが、いわゆる貧民窟のような街並が続きます。と、次の瞬間には、ミラノでさえお目にかかれなかったような光景が見えて来ます。乱立する現代建築、超高層オフィスビルと超高層マンション。この構図は、かつて香港で見たような気がします。
ナポリ駅を一歩出ると、歩き辛いほどに人がいます。香港や日本のように、異様にたくさんの人がいます。それらの人々は裕福や洗練といった言葉と縁がないように思われます。様々な人種と犬、商品、落書きとゴミ、汚物、路上、騒音、雑多なエネルギーが渦巻いています。周辺に景気の良さそうなビルが立ち並ぼうと、海岸線がリゾート地として賑わおうと、ナポリの中心部にいる人達には関係がありません。人々が身に付けているものを見ても、走っている車を見ても、明らかに景気の良い北部イタリアからは取り残されています。裕福そうな気配などこれっぽっちもありません。にも関わらず、ナポリには、なぜこれほどの人が集まるのか。その理由の第一は、一億もの人口を抱える島国がそうであるのと同様に、豊穣な大地にこそあるのではないかと思うのです。
道路にはゴミが散らばり、駅を出るなりいきなり小便臭い街。通りを埋め尽くす露天に慢性的な交通渋滞。うろつく野良犬。車と原付に歩行者が入り乱れ、どれもやたらと数が多い。信号、横断歩道は完全無視。通りに面した窓には絞ってすらいない洗濯物。ショーウィンドウのガラスには割られそうになった跡。
教会はローマ並にしょっちゅうある。商店の上にも隣にも。街角のそこここに祭壇が設えられている一方で、教会ですら落書きの洗礼を逃れない。夜は得体の知れない爆発音、警報機とサイレン、クラクション。ローカルニュースの主役はいつだってPolizia。雨が降れば少しは静か。
商店や住宅と一体になった教会↓
↑S.Caterina a Formiello

San Giorgio Maggiore(→)と付近の路地(↓)

教会の下にカッフェ(S.Domenico教会)↑
教会はローマ並にしょっちゅうある。商店の上にも隣にも。街角のそこここに祭壇が設えられている一方で、教会ですら落書きの洗礼を逃れない。夜は得体の知れない爆発音、警報機とサイレン、クラクション。ローカルニュースの主役はいつだってPolizia。雨が降れば少しは静か。
←ナポリの下町の中心、Via Tribunali(トリブナーリ通り)のポルティコ。ポルティコの在り得べき姿。
海岸沿いはリゾート地として発展、高級な雰囲気で街の中心部とは一線を画した佇まい。

王宮裏からの眺め。遠くに巨大な客船とヴェスーヴィオ火山が見える。

ここはとても良いところです。湿度があって土があって、ちょっとした隙間からでも草が生え、しばらく踏まなかった石は苔蒸します。人間もその営みももさもさと繁茂して絡み合い混じり合い、素晴らしい中華レストランまである。もしまた行くならどこが良いかと問われれば、私はここに行きたいと答えます。